数年前の年末の事です。やってしまいました。当時の私は20代前半で、一人暮らし。会社内よりも外で過ごす方が多いほどの営業マンでした。外回りが多いのでなるべく安価なスーツやネクタイ、ワイシャツ等をいくつも用意して、それらでローテーションを組んで着ていました。
彼女もおらず、一人暮らしだったのでワイシャツやハンカチは自分で洗濯するのですが、さすがにスーツやネクタイを自分で洗濯しようと思いません。この辺は適当な休日にクリーニングに出す事にしていました。やってしまったのは年末の忘年会での出来事です。
私は下戸という訳ではなく、どちらかというと飲める方なのですが、その日は大流行していたインフルエンザから回復したばかりでした。おかげで酒の味もイマイチで、私が飲める事を知っている同僚たちはどんどん私のグラスにビールを注いでいくのですが、私はそれをやんわりと断っていました。
それでも飲み会というものは恐ろしいものですね。一口、二口程度でやめようと思っていたにも関わらず、忘年会終盤にはベロンベロンになった私がいたそうです。この辺から記憶が曖昧だったのですが、結論を言うと翌朝には嘔吐とゴミまみれになった私がアパートに転がっていました。
さて、どうしようか。グチャグチャになったスーツを眺めながらそう思ってみましたがその日も仕事でした。出勤しなくてはなりません。私はとりあえず着ていたスーツを洗濯機に放り込むと、シャワーを浴びて別のスーツを着て出勤しました。会社では昨晩の事を弄られたり、心配されたりしましたが、記憶が曖昧なので特に気にする事はしませんでした。それよりも気になるのは汚れたスーツです。私は早目に退社させてもらうとさっさと自宅へ戻りました。そして洗濯機を開けると哀れな姿と化したスーツの姿が……。
私はそのスーツを眺めながら考えていました。まず、汚いです。得体の知れないものが付着して異臭まで放っています。本来ならここで捨ててしまうという選択肢もあったのですが、代わりのスーツを買う余裕はありません。かといってスーツが1着減ってしまうと、その分ローテーションが短くなり、クリーニングの出費も増えていきます。
仕方がない。私はこのスーツを今後も使う事にして洗濯機に水と市販の洗剤を入れました。さすがにこれは汚な過ぎる。触りたくもない。クリーニングに出すにしてもある程度汚れを落としてないと恥ずかしいという思いがあったのです。しかしこの時点で、私はミスを犯していました。
洗濯の基本であるはずの、ポケットの中身を検めなかったのです。水面に浮かんでくるゴミをネットですくいながらぼーっと眺めていると浮かび上がって来た紙幣、そしてネクタイ。それを見付けて自分のミスを悟るとため息が漏れました。それでも紙幣は直ぐに回収しましたが、ネクタイはまあ良いかと放っておきました。そしてそれが新たなミスだと気付くのは全てが終わってからでした。
スーツはゴワゴワして何だかしわが増えたな、くらいの感想でしたがネクタイはダメでした。完全に形が崩れ、ひん曲がってしまっていたのです。試しに首に巻いて見ましたが、結局真っ直ぐになる事はありませんでした。アイロンがあればあるいは、とも思いましたが男の一人暮らしにそんな便利な物もありません。今思えば、そこにアイロンがあったとしても元に戻ったかどうかは怪しい状態だったような気がします。
結論を言うと、私はそのネクタイを手放し、泣く泣く新しい同じような色のネクタイを購入する事となったのです。クリーニング代とネクタイ代。勉強代にしてはまだまだ安かった方だと思います。それからというもの、洗濯前のポケットの中身検査をなるべくきちんとしてきたつもりですが、それでもポケットには色々入っているものですね。最近では脱ぐ時と、洗濯前のダブルチェック体制にしています。